ベルリン発・欧州のSXSWと呼ばれるTOAが2023年復活! –その軌跡とベルリン市やSXSW株主ほかによる騒動について–


photo by TOA 2019

アメリカのテキサス州オースティンで開催されるSXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)や、バルセロナのSONNAR、ヘルシンキのSlush、ウィーンのPioneer Festival、そしてベルリンのTOAなどについて、僕は2015年以降より自著や自分が登壇する講演で「ニューカンファレンス」、あるいは「イノベンション」(イノベーションとコンベンションをかけ合わせたマイ造語)として、その潮流と重要性を説いてきた。

その後も多くのエグゼクティブや社員の前で、それが何なのか、また、なぜ日本企業は参加すべきかの講演も行ってきた。

そして、僕は「(特に経営層は)家と職場の往復をしているだけで仕事をしているというのは間違い」「ニューカンファレンスに行って、ビール片手に隣に居合わせた人とまず話してきたほうがいい。そちらのほうが間違いなく生産的だ」と語ってきた。理由を説明するパワポ資料も用意しているが、それについてはいつか発掘して展開するとして、ここでは先に筆をすすめる。

いまや世界は確実にニューカンファレンスを吸収し、ただの展示会からそちらに大きくシフトしている。たとえば、CESは従前のプロダクトお披露目ベースの性格から、ここ近年は企業トップが次代のあるべき姿を自ら表現する場に変化している。また、メルセデスは出展する世界各地のモーターショーを減らし、独自に展開するme.conventionで自らが若々しく、イノベーティブであることをアピールしてきた。まさにニューカンファレンスの魂を宿した立体的なオウンド・メディアである。

旧来の展示会の使命は顧客獲得であり、集めた名刺と商談の数がKPIだ。ニューカンファレンスは、まだ未完成の商品やサービス、ソリューションに協働してくれる企業や個人を探したり、あるいは投資家を見つける目的に使われる。KPIは会社によってまちまちだろう。

それに比べると、展示会はきらびやかなディスプレイやブローシャーを手渡しするコンパニオン(時代遅れだが、まだ多数派)がいて、後者は刺激的なイノベーターたちが世界各地から集められ、熱いピッチを展開する。加えて、バンド演奏やDJによるプレイがあり、昼からアルコールを提供し、くつろいで話せるチルな環境を用意する。そして、そこで出会った者同士の会話を促進したり、サービス/プロダクト開発者や経営者自らが現場で先陣を切って訴えるのも特徴的だ。

無論、世界には両方のやり方があっていい(コンパニオンが必須かどうかは措いておこう)。実はここ数年、まだ製品化されていないアイデアをぶつける場以外にも、イノベーティブな人材や協働者の獲得、市場調査、リブランディング、インターナル・コミュニケーションは、こういった現場にシフトしつつある。

そんな現場のひとつでもあり、「欧州のSXSW」と呼ばれるベルリンの人気テック・カンファレンス「TOA」がコロナ禍の3年に及ぶ休止を経て、今年2023年7月5日-7日に復活することが決定した。首を長くしてお待ちいただいていた皆さんには朗報だ。

photo by TOA 2019

僕自身はTOAの日本公式パートナーとして、これまでもTOAに多くの日本企業や自治体の方々をガイドし、同時に市内の注目すべきスタートアップ・エコシステムや、ベルリンにしかない拠点の数々にお連れしてきた。今年、久しぶりの開催を喜ぶとともに、長いコロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻以降、どのようにベルリンが変わってしまったのか一抹の不安もある。

「暗号の首都(クリプト・キャピタル)」とも呼ばれるベルリンにおいてweb3系のスタートアップも大変だと耳にする。FTXの破綻による暗号資産の時価総額急落が招いた、資金調達の困難さや風評被害も看過できない。さらに2022年以降、ベンチャー企業への投資が世界的に冷え込んでいる。GAFAMを筆頭とする世界的規模のリストラも成長神話の翳りを色濃くしている。

ベルリンの友人によれば、最後のラウンドで高い評価額で資金調達したスタートアップは投資契約を結べずに、突然の操業資金難を逃れるため、合併を余儀なくされていると聞く。とはいえ、まずは現地を訪れて、不安が憂慮でしかないことを確信したい。

突如持ち上がった「SXSW ベルリン版」計画と地元の反目

さて、TOA復活に至るまで、実はベルリンでは水面化で大きな動きがあった。

ベルリンに本社をもつ世界随一のメディア・コングロマリット、アクセル・シュプリンガーとテキサス州オースティンで開催されるSXSWの主要株主であるペンスキー・メディア(『WWD』『ローリングストーン』などの発行社)は、2023年8月23日から26日まで音楽とテックの祭典(SXSWがモデルのベルリン版)の開催を目論んでいたという。

ドイツの日刊紙「ディー・ターゲスツァイトゥング(taz)」によれば、この計画は世界から25,000人を集める巨大イベントになるものだったという。170のコンサート、クラブイベントが開催される予定のこのSXSWベルリン版に、ベルリン市は350万ユーロの予算をつけて、このイベントを支援することを2022年9月に発表、仔細は日刊紙「ターゲス・シュピーゲル」紙によって、その翌月にあきらかにされた。

これに反応したのは、ベルリン・クラブ・コミッション(BCC)だ。同組織は市内のクラブを代表する委員会であり、ご存じのようにベルリンにおいてエンターテインメントは大きな産業であり、とりわけナイト・カルチャーを目当てに世界中より訪れる観光客は後を絶たない。ゆえにこのBCCの意向は州政府としても無視できないと思われる。

先の「ターゲス・シュピーゲル」によれば、BCCはこの計画に懐疑的とのことだった。そもそも前述の巨大企業2社以外にも大企業が連なるこのイベントは、ベルリンにおいて文化を支えてきた地場のプレイヤーはまったく考慮されておらず、メンバーにも入っていないことに不満を伝えていた。

特にペンスキー・メディアは米国の会社であり、SXSWの投資家でしか過ぎないため、本計画のメンバーにふさわしくないともBCCは主張。たしかに、40億ユーロの売上高を誇るアクセル・シュプリンガーを含めた企業に、政府の資金援助は適切かどうかという指摘は正論だ。

BCCは、この計画に関する公開書簡に一般より署名を集めるためSNSに投稿した。

「私たちは、狼狽し、失望し、言葉を失っています!」と題されたBCCのインスタグラムへの投稿は、「ベルリンではすでに同じようなコンセプトのイベントが開催されていますが、これまでほとんど支援を受けていないのが現状です」と訴えている。

公開書簡もアップされているので、そこから一部を抜粋してみる。BCCの怒りが理解できる。

「何十年もの間、この街の小規模で多様なニッチ文化を考慮してきたステークホルダーが、計画のなかに含まれていません。その代わりに上院は、ベルリン市場での真正性も経験もない大企業群に頼ろうとしています。ペンスキー・メディア・グループは、SXSWのメーカーではなく、2021年に過半数の株式をもつ投資家として買収したに過ぎないので、こうしたフォーマットの設計や構築には何の言及もありません。SXSWの運営側に聞いたところ、SXSWはブランドとしてではなく、さらに言えば、組織としてここには関与しないとのことでした。」

「ベルリンには、まったく同じコンセプトのイベントがありながら、これまでよりはるかに少ない支援しか受けていません。Tech Open Air (TOA), re:publica, hub.berlin, Most Wanted:Music or Popkultur Festivalのようなイベントは、チケット価格、コラボレーション、観客、スポンサーといった収益により成長してきましたが、このような多額の資金をもつ競合によって、損をしたりかなりの経済ダメージを受けたりしかねなません。特に、ベルリンで育ったこれらのプレーヤーは、これまで追加の資金援助がないために、国際化や成長を否定されてきました。」

source : https://www.clubcommission.de/wp-content/uploads/sites/2/2022/11/221108-Stellungnahme-SenWirt_SXSW-Festival.pdf

(DeepLにて翻訳:一部読みやすさを考慮して筆者が手を入れている)

そう、この公開書簡のなかにTOAが挙げられているのだ。

2012年にクラウドファンディングによってスタートしたTOAは、その後次第に規模を独力にて拡大。海外の著名IT企業群にもその名を知られ、ベルリンのブランディングにも一役買ってきたはずだ。NetFlixのオリジナル・ドラマ『令嬢アンナの真実』で、TOAはストーリー上重要な要素として実名で登場する。そして、コロナによって休止を3年間も余儀なくされてきた。やっと復活というときに、ベルリン市によるこの計画は手痛い仕打ちのようにしか思えない。

photo by TOA 2019

頓挫した計画、浮いた予算

その後、BCCの発表によれば、どうやら、ベルリン市側もこの計画への支援を白紙に戻したようだ。

BCCが公開書簡で述べるように、大企業群による大型イベントの多く(実際に、書簡では実名を数個挙げている)は不評で継続できなかった。ベルリンで生まれ、ベルリンを呼吸し、ベルリンを支えてきたステークホルダーが加わらない、大企業同士の頭でっかちな計画は必ず頓挫するだろうという予言も一理ある。つまり、僕の言葉で要約してみると「クール」かどうか。そして、その「クール」はベルリナーの厳しい審美眼に耐えられるものなのか、否か。

友人に聞いたところ、現在、この予算はいまや宙に浮いているそうだ。この金額をめぐり、代替案が提案されたらしい。それは十数以上のイベント(音楽、民族、健康など)に割り振るものだったと聞く。しかし、詳細は詰められないまま、2月12日にベルリン市議会再選挙が行われた。その結果は散々なものだった。この計画を決めたSPD(社会民主党)が与党の座から転落してしまったのだ。

歴史的な惨敗だった。勝利した保守派のCDU(ドイツキリスト教民主同盟)は、連立を組む必要があるが、これまで連邦議会で中道左派のSPDと連立を組んでいた、リベラル派である緑の党とFDP(自由民主党)は連立を拒み、政局は不確定な状況に陥った。

つまり、浮いてしまった予算の使い途をめぐり、地域のプレイヤーたちは議会にアクセスしようとも、討議する相手すらいない状況がしばらく続いたのだ。現在、CDUはSPDと連立を組むことで合意したようだ。しかし、その後の報道を見ているかぎり、さまざまな政策について合意に至るまでの道のりは波乱含みだ。

さて、そろそろこの記事をまとめよう。

コロナによって苦しめられたTOAを含む多くの地域の事業者らは、計らずも市政の地元プレイヤーを無視したトップダウン計画により、さらに大きな被害を被るところだった。辛うじて回避できたが、捻出された予算から支援を受けられるか否かも不明なまま、翻弄されてきたといえる。

そんななか独力で7月に復活するTOAと創業者のニコ、そしてスタッフたちの努力と勇気に心より大きな賛辞を贈りたい。聞けば、チケットセールスも歴代上位に数えられるほどだという。嬉しい限りである。

それでは、復活したTOAでお会いしましょう。